故人の遺志は守られない?生前に望んだ自らの葬式への願い

近頃ではあらゆる場所で、葬儀屋や既存の宗教の葬儀に対する不信感が
聞かれるようになり、「自分の葬式となった場合は、なるべく簡単にし
てほしい」と願う方も多くなったようです。

中には無宗教での式を希望されたり、海への散骨、音楽葬など様々な希
望が出ており、葬式の形も多種多様になって、簡素に小さな規模でとい
った想いを持つ方も増えているようです。

人々がそう思うことには理由があり、日本に昔から続く葬儀の形で遺族
が悲しむ暇もないほど神経を使い、多額のお金をつぎ込み葬式を行うと
いった形が主流になっていたのですから、時代が変わればそういったも
のに不審を抱くのも理解できます。

ですが、故人の想いといったものを遺族が本当に貫くことができるかと
いえば、なかなか難しいようで、葬儀屋の話によれば全体の半数ぐらい
しか意思を尊重する葬儀は行われていないとのことです。

理由については、周りの親類や葬儀屋連中が黙ってはおかず、何とか豪
華な葬式をあげさせようと、あの手この手で遺族を説得にかかるからと
いったものです。

親戚としては昔からの葬儀の形を重視し、葬儀屋は自分たちの利益を重
んじることで、なかなか遺族や故人の意思は守られないといったものに
なっているようです。

また葬儀屋の思惑に巻き込まれる原因の一つに、ご遺体が安置されるの
は警察署または病院といった場所であるため、そこで待ち受けている葬
儀屋に遺体が渡ってしまいがちになるため。

もしも故人の意思を確実に貫きたいと心を決めるのであれば、文章とし
て残しておくことが必要で、近頃ではそのようなサービスもありますの
で、利用することが賢明かと思われます。

またご自分の命の期限がわかっている方であれば、弁護士を通じて遺言
を伝えられるようにしておくことも大切です。

そこまでしなければ、自分の最期の儀式である葬儀についても希望が貫
けないといったことは残念であり、誰のための葬式なのかと言いたくも
なりますが・・・。

昔ながらの風習というものは厄介なもので、なかなか本人の意思があっ
ても思い通りにいかないというのが、近頃の葬式事情です。

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