ニセ坊主が横行する裏にある実態とその背景

葬儀専門の契約坊主といっても、まかりなりにも僧籍を持っているのだ
から、まだましな方といえるでしょう。実は、葬儀業界には、とんでも
ないニセ坊主が存在するのです。

あるとき葬儀業者が、「見習い坊さん募集」という新聞広告を掲載しま
した。集まった者を合宿させて、宗派ごとの坊主のイロハを叩き込み、
にわか坊主をしたてあげました。ニセ坊主は葬儀業者に歩合制で雇われ
ているわけですから、葬家からの僧侶への謝礼の全額が、葬儀業者の収
入ととなるのです。こんなおいしい話はないでしょう。

といってもにわか坊主ですから、お経をあげても中途半端、しぐさもち
ぐはぐで、宗派の決まりごともごちゃまぜ、仏事の質問でもされようも
のならしどろもどろ。

なるべく馬脚をあらわさないように、葬家との会食など会話のはずむよ
うな場所は避け、お経をあげる機会もなるべくもたないようにします。
宗派によりあげるお経や抑揚がちがうので、いくつかの宗派をかけ持ち
しているにわか坊主が、うっかりまちがえる恐れがあるからです。

それでもニセ坊主とは気づかれないのですから、なんだか寂しい話です。
寺の行事に触れる機会の少ない都会の人間にとっては、間違いだらけの
葬式でも、それらしい雰囲気があればそれでいいのかもしれません。葬
家側も、「気さくなお坊さんだ」とか「お経が短くていいや」などとか
えって喜んだりするようです。

ですが、このことは一概に葬儀業界だけが悪いとは言い切れない部分が
あります。寺の側にも、問題があるのです。もちろん良心的で、仏の道
を第一と考え、お布施の額に左右されることなく平等に仏事を執り行う
僧侶は少なからずいます。

しかし一方で、代々続いた由緒ある寺の住職が、お布施の多寡で葬式に
出る出ないと息巻いたり、御礼の額が少なすぎると言ってつき返した、
などのふるまいを耳にするのも事実。金銭感覚が麻痺しているとしか思
えません。

高級外車を乗り回し、ゴルフだ海外旅行だと言って遊びまわる一方で、
尊大ぶった態度で仏の道を説かれても、人の心に届くわけはありません。
葬儀業界がどんなに金儲けに走ろうと、寺のありようがこのように堕落
した状態であるなら、非難はできないでしょう。

関連記事

おすすめ記事

ページ上部へ戻る