「人それぞれが自由に選択することができる死の在り方」

人生の終焉を迎えるにあたって準備をしておく「終活」を考えるとき、重要な項目となるのは自分のお葬式やお墓の問題でしょう。

ここ数年増えているのが「ゼロ葬式」や「ゼロ墓」という考え方。

「ゼロ葬式」とは、亡くなってもお葬式自体をしないこと。

「ゼロ墓」とは遺骨を残さずにお墓を持たないスタイルをいい、「ゼロ葬式」と「ゼロ墓」を選択する「ゼロ死」という言葉も生み出されています。

これまでの社会常識からすると考えられなかったことではありますが、全国の葬儀社を対象に行った調査の結果、請け負う葬儀の中で「ゼロ死」の割合は、なんと22.3%。ゼロ死については、シニア世代からは『お墓は、必ずしも持たなければいけないのか?』『お葬式はやらないといけないの?』という既成概念を取り払うための相談が多く、子ども世代からは『親はそう言っているけど、本当にそれでいいのか?』という、不安を晴らすための相談が多いようです。

これはそれだけゼロ死という考え方に関心が高い証拠だともいえます。以前はお葬式をしない、お墓を持たないということは、経済的にひっ迫しているというマイナスのイメージがありましたが、今は葬式やお墓にかけるお金があるのならば、家族に多くのお金を残して幸せになってもらいたいという前向きな考え方の人が多いのです。

着実に社会は、自分の死の在り方を、自分の自由に選択をすることができる社会に変わりつつあるといえるでしょう。

ゼロ葬式は、一般的に「直葬」と呼ばれるものに近いものです。通夜や告別式などのセレモニーは行わず、近親者のみで火葬をおこなうので、その分費用も抑えられ、棺や骨壺などの葬儀一式や遺体の運搬代等を合わせて、9~25万円が相場で、これは従来の葬式からすれば、破格の値段。

しかし、ゼロ葬式の選択は経済的理由がメインではなく、十分に費用をかけた生前葬や偲ぶ会など、様々な形態のものが生み出されています。

生前葬は、生きているうちに本人がお世話になった方々に直接感謝の心を伝えるための会、偲ぶ会は気のおけない仲間同士で故人を偲んだり、遺族が故人の縁故者に感謝を述べるための会のこと。

葬式という宗教やセレモニー感は薄れますが、暗くなりがちだったお葬式を、明るい、前向きなものに変える考え方だとは思いませんか。

ゼロ墓はお墓を持たずに遺骨自体を残さないのですが、問題となるのは火葬したあとのお骨の処分方法。これは請け負う業者を探して散骨するのが一般的ですが、海洋葬と呼ばれる海への散骨にかかる費用は5~40万円。

家族などの近親者を集めて散骨を個別に行うこともできますし、何人かの遺骨を合同で散骨するなど、様々なプランがあります。

面白いのは7年ほど前から栃木県のある企業が行っている「バルーン宇宙葬」。費用は20万円からとなりますが、バルーンの中に遺灰を入れて成層圏にまで飛ばし、宇宙に散骨するのだそうです。

「終活」の普及により、自分の遺骨の行方にも、様々な形態が認めされるようになってきました。ただ、遺骨の扱いは法律で規制されていますので、散骨は個人ができるものではありません。必ず専門業者に依頼しなくてはけないことは覚えておいてください。

費用的にも、自分の意見が尊重される意味でも、いいことばかりに思えるゼロ死ですが、実は一般的でない分、親族間のトラブルは後を絶ちません。

親の希望を受け入れてゼロ葬式でお見送りをしている最中に、親の兄弟がそれを責めて言い合いになるといったトラブルは実際多もの。

若い世代には受け入れることができるゼロ死という考え方も、代々の風習を守り続けてきた人たちには理解ができないこともあるのです。これは仕方のないギャップなのですが、この問題をきちんと解決しておかなければ、残された家族の間に致命的な亀裂が入ってしまうことは間違いありません。

まだ一般的でないゼロ死を選ぶのであれば、きちんと周りの人に説明をし、理解を求め、一緒にプランを検討してもらいましょう。

やはり、こういった葬儀やお墓に関する意思確認は、複雑な手続きの確認でもありますので、エンディングノートなどに記録を残すことをおススメします。

書き方で大切なのは、自分の意志でゼロ死を選んだ理由を説明すること。

文章は長過ぎず、簡潔に書くとわかりやすいですね。本人の希望と家族が話し合った結果ゼロ死を選んだということが記録に残っていれば、無駄なトラブルも起きることはありません。

人の生き方が人それぞれ違って当然のように、人の死もそれぞれ違っていていいのです。自分らしく生き、自分らしく死ぬことを誰もが願い、誰もが受け入れてくれる社会になることが大切なのではないでしょうか。

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