「エンディングノート」小史

「就活」やら「婚活」やら、いろんな「~活」が取りざたされています。

定年などを過ぎて余生を過ごす前に、後顧の憂いなく自分らしい終末を迎えたいということで、ここ数年の間高齢者の中で流行しているのが「終活」です。その「終活」のツールとして人気なのがエンディングノート。ドキュメント映画として取り上げられたり、様々な形のエンディングノートが発売されるなど中高年の中で認知度が高まってきています。

そもそも法的な効力がある遺言書や、法的な効力はないけれど家族に残す目的として書かれた遺訓の類というのはもともとあったものです。しかし、核家族化が進み家族が同居することが少なくなってきた時代に、自分の死後の希望などを記したり、人生を見直すという意味でのツールは存在しませんでした。

エンディングノートの直接的な先駆けとなるのは、葬儀ギフト用品などを扱う「セキセー」社の創業者・石原正次氏が作った『マイ・エンディング 私の準備ノート』『if ご家族のための準備ノート』『Xデーノート』であるようです。

そのうち、『if ご家族のための準備ノート』は家族が記すもの、『Xデーノート』は家族以外の人の死に備えたもので、自分自身の死に備えることをテーマとした『マイ・エンディング 私の準備ノート』が現在のエンディングノートの祖形ともいえるでしょう。

これらのノートは、石原氏が開いた「死の設計をテーマにした講義」がもとになっていて、「セキセー」社の取引先の葬儀会社に販売するものでした。

それから数年後、社会学者の井上治代氏が『遺言ノート』を発表しました。これは、実際に遺言を書くノートと、そのための指南書の2冊セットで、これまで表立って「自らの死に備える」という風潮がなかった時代に出版されたこのノートはマスコミの注目を集めました。

『遺言ノート』が出版されたのは1996年。バブルが崩壊して不況が続く中、シンプルな家族葬や散骨など新しい形の葬儀や弔いの形が模索され出していた頃でした。バブル期のような軽重浮薄な上昇志向がポキリと折れ、宗教や哲学思想など人間の内面について深く考える文化に焦点が当てられていた時代でもあります。

『遺言ノート』のヒントとなったのは、亡くなった父親が残していたたくさんの手紙。そこには今でいうエンディングノートに書くような家族への希望や連絡先などが記されていました。もちろん当時にはモデルとするようなものがなかったために、学者としての自らの研究を反映させ、試行錯誤して作り上げられたものです。

そこには、現在のエンディングノートの精神にも通じる、人生の終わりに向かう寂しさを和らがせたいという気持ちがこもっていました。

そして「エンディングノート」と名付けられたものが出版されたのがそれから7年後の2003年です。

健康で精神的に自立した人生、社会への奉仕、相互助け合いを理念としたNPO法人「ニッポン・アクティブライフ・クラブ=NALC」が発行した『ナルク エンディングノート』がそれで、老後や死後に不安を持つ会員からの声に応える形で作られました。

 『ナルク エンディングノート』は、自分の名前や経歴、思い出など自分自身のことを記す「私のこと」と、介護や終末医療、葬儀の希望などとともに法的な遺言書の書き方を解説した「私の家族へ」という2部構成で作られています。エンディングノートとして過不足がない、後の標準となるような作りになっています。

NALC内部でも「死」を扱ったものだけに反発がないか訝しむ声も出ていましたが、実際には広く歓迎されたばかりでなく、今日につながる一つの「終活」文化のきっかけともなりました。

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