心のうちをさらけ出して「本物の家族」になろう

◆家族としての意志統一を図っておく

実際に介護をしている家族が多く直面する悩みの中に、家族の間で介護
の方向性が一致しないという事があります。ですから、少なくともこれ
から介護が始まっていくかもしれないと判断できそうな段階で、例え離
れ離れに暮らしていたとしても家族が集まり、これからの親の介護をど
うするのかだけでなく、終末期に行う医療行為についても話し合って家
族としての意志を統一させておく事をお勧めします。

「最近、親の様子がおかしいからこれから介護が必要になるかも・・・」
「実際に介護が始まってしまうと、介護の当事者はもちろん遠くに居る
家族であっても冷静に最善の判断が下せないかもしれないので、そうな
る前に・・・」、「これまで、親の老後について兄弟達で話し合う機会
がなかったので、良い機会だからこれからは意志統一を図っていこう」
など、きっかけが出来た時にチャンスを逃さずに話し合いの場を持ちま
しょう。

この時、より具体的な事まで決めておくと、その後いろいろな事が起こ
ったとしても障害を減らす事が出来るでしょう。

例えば、リビング・ウィルと呼ばれる「死ぬまでの医療」の選択であっ
たり、口から食べられなくなった時にどの様に「栄養補給」を行ってい
くのか、呼吸が停止した時に「人工呼吸器」をつけるのか、或いは心拍
が停止した時に胸骨圧迫などで蘇生を試みるのか・・・、などです。

ここで決めた事柄については、出席した家族全員の署名を行っておくと
良いでしょう。

もちろん言うまでもなく、実際にそれを受ける親本人の意志が一番大切
ですから、判っている場合にはそれを基に話し合いを進めていきましょ
う。この問題は、今後「生きるとは何か」という人生最大の選択をして
いく上で指針となる大きな事です。これにより、話し合う子供達も、自
分の人生について考えるきっかけとなるので、多くの事を学べます。

なぜこの様な話し合いを持たなければならないかと言えば、もちろん核
家族化が進んで家族が離れ離れに暮らす事が当たり前になっているから
という理由はありますが、離れているから問題なのではなくて、一緒に
暮らさない事で自分の祖父母、或いは両親の「死」に直面する機会が減
ってしまい、人間はいずれ必ず死ぬ、つまり死を当たり前の事としてと
らえられなくなってしまった事により、自分の両親の老後や死について
他人事の様な錯覚に至ってしまう事が原因として考えられます。だから
こそ、親の最期について、家族で真剣に話し合う機会が必要なのです。

◆介護とは、「生きる」という最大のテーマに向き合うこと

自宅で一生懸命にお母さんの介護をしてきて、事情があって施設に入所
することになった3人のお子さんがいました。入所面談の時、病気の後
遺症とかではなくて年をとった事による自然な嚥下障害(食べ物や飲み
物が飲み込めなくなる事)の場合、胃に穴を開ける経管栄養などで栄養
を補給していく事は、自然と反した無理な延命をするだけになってしま
うので勧められない、という事を3人の子供達は聞きました。

このアドバイスに、長男と長女は同意したのですが、次男は下を向いた
ままになってしまいました。どうやら、どんな状態になってしまったと
しても命をつないで欲しい、と思っていたらしく、末っ子という事とて
も大切に育てられていたためかもしれません。

これは、これまで一生懸命に介護してこられたからこそ感じる、心の葛
藤です。自宅で必死に、寝たきりの状態のお母さんをみんなで介護され
てきたのです。迷って当たり前なのです。この選択には、お母さんの命
がかかっている・・・、つまり自分の親の死が、自分達の選択によって
決まってしまう様なものですから、

真剣に、親の人生は自分の人生をかけてこの問題と向き合う事で「生き
るという事はどういうことか」という人生最大のテーマに挑む事になり
ます。人間ですから、このテーマに悩み、迷うのです。

しかし、なかなかこのテーマに挑む機会が、つまり話し合いを持つ機会
をつくる事が出来ないらしく、施設への入所相談に来られる家族でも、
全く話し合われていない場合があります。いえ、その方が多いと言える
でしょう、特に、ギリギリのところで切羽詰まっている家族であればあ
るほど・・・。

この様な家族の場合、大抵はこの話題を投げかけても意見がまとまる事
は少なく「もう施設側に任せます」となってしまいます。親の様子の変
化にさかのぼれば、話し合う時間はもっとあったでしょう。恐らく、年
単位で。しかし、遠くに暮らしていればいるほど、その変化を「見て見
ぬ振りをする」家族が本当に多い事に驚かされます。

これで良いはずはありません。親が死んでしまってからではこのテーマ
に挑む事が出来ません。親の最期とは、親が自分の命をかけて子供達に
命の大切さを教え、人生が意義あるものとなる様に教えていく大切な場
面です。

時々、施設への入所相談が、その方へのカウンセリングに早変わりする
事があります。日頃からの親への思い、介護の苦しさを打ち明けられる
場となるのです。突然「私は親からずっと愛してもらえなかった」と涙
を流す方さえいらっしゃいます。

50歳代であるその娘さんが目に涙をためて訴えているその姿を見ると、
まるで小学生の女の子ぐらいに思え、小さな抱きしめてあげたい存在に
思える介護施設の所長もいます。

親の介護問題で苦しみ、悩んでいる時には、往々にしてこれと同じ様に
小さな子供の様な自分がいます。愛を沢山受けてきた、又は愛されてこ
なかったなど、今までの家族の関係によってそれらは様々に現れます。
つまり、介護とは、家族が積み重ねてきた人間関係があらわになるので
す。

苦しんでいる時、自分を優しく抱きしめてあげましょう。愛されなかっ
たと思ってきたのだとしたら、「いや、本当はお母さんは自分の事が大
好きだったんだ」と。

もしも、自分よりも兄弟の方をえこひいきしてばかりで・・・、という
思いがどうしても消せない場合であっても、きっとお母さんは心の中で
「ごめんね、ごめんね」と謝っておられる事でしょう。

体の動かなくなったお母さんが、心を懸命に動かしてそう考えている、
それを信じましょう。目の前の、動く事の出来ないお母さんは、憎むべ
き存在ではなく、今はあなたが守る存在。

◆洗いざらい吐き出して後悔の念を残さない

この様に家族が積み重ねてきた関係が浮き彫りになるからこそ、早い段
階で話し合っておく事が非常に大切なのです。自分の感情をむき出しに
すると、その場が修羅場に変わる事もあるかもしれません。

それでも、この感情を押し殺したままで親が亡くなってしまえば、或い
は死に向かっている最中に我慢できない程につもり積もってきたら、余
計後味が悪い結果になるでしょうし、いつまでも不完全燃焼な思いのま
まで生活しなければなりません。

どんなにみんなで苦悩したとしても、自分達の正直な気持ちを話し合っ
ておくべきです。

介護とは、家族の人生においての決算、しかも総決算です。総決算の前
には、大規模な棚卸をすると思いますが、この話し合いはまさしく棚卸
です。親に対する感情を、しっかりと卸す事で、これから行う介護に対
し、しっかりと向かっていく気持ちを整える事が出来るでしょうから、
その様に気持ちを整理して、気持ち良く総決算を迎えましょう。

話し合う時に、次の点に注意を払うと、効果的に話し合いが進められま
す。

・話し合いの為、家族全員に声を掛ける人は、親と一緒に住んでいたり
近くに住んでいる家族の方が良い。

・一緒に暮らしていない人が声を掛ける場合、この事を良い機会として
これから積極的に動こうと決意する。

・家族に声を掛けた人が、話し合いにおいてリーダーとなる必要はない。

・リーダーとは、自分が先頭に立ち家族みんなを引っ張っていこうとす
るのではなく、家族の意見を取りまとめていくだけで良い。

きっと兄弟で、或いは家族みんなで話し合う事なんて、ほとんど無かっ
たのではないでしょうか。誰かのお義理の時に集まり合う事はあったと
しても、一つの結論を導くために話し合う事なんてほとんどの家族にと
って皆無と言える事でしょう。

ですからここで話し合うと、「この人と自分は、本当に同じ屋根の下で
生活していたんだろうか」と信じられない程、考え方や求める事が違う
事が多々出てくるでしょう。だからこそ、今、話し合っておくのです。

というのも、高齢者の身体は、いつどうなるか判りません。今日は大丈
夫でも明日、急に調子が悪くなり危篤状態になる事もあり得ます。この
様な緊急時に家族が突然集まっても、自分の気持ちを包み隠さず話す事
はほぼ出来ないと言って良いでしょう。

介護が必要になってからは、常に何かしらで話し合う機会が出てきます。
だからこそ最初に話し合い、段々と準備をしていく必要があります。

◆文句は言わない!すべてを受け入れよう!

もしかしたらこの様な機会をつくっても、参加しない兄弟もいるかもし
れません。最初から、「介護はしたくない」という兄弟もいる事でしょ
う。でも、それについて色々言っていては、腹を割って話すことなど絶
対に出来ません。兄弟一人一人の立ち位置をハッキリさせておくために
は、話し合いの前に、「すべてを許そう」と決めておくことです。

と言っても、最初から離れようとする兄弟がいる場合は、あとになって
色々言い出さない事をしっかりと確約しておいた方が良いでしょう。出
来れば証拠に残る様に、メールや手紙など形で残しておく事が好ましい
と思われます。

これは決して、離れようとする兄弟をあとで責める為のものではなく、
その兄弟の意見を尊重した上で「関わらない立場」を保証するためのも
のです。兄弟の話し合いは、決して仲違いさせるものではなく、兄弟が
一致するためのものです。

この様に真剣に取り組み、介護に立ち向かっていかないといつか「こん
なはずではなかった」と心が折れてしまうかもしれません。誰だって介
護は不安です。経験しなければ判りませんし、介護される人によっても
異なった状況になっていくので経験していても不安です。しかし、介護
には必ず終わりが来ます。ですから終わった時に、先ほどの様に心が折
れない為にも、勇気をもって取り組んでいかなければなりません。

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