家族介護に疲れて果てて崩壊する家庭の悲劇

要介護者を自宅で介護するには家族に相当な負担がかかります。自分の老親を
看取るのは子どもの責任として殊勝な心掛けで臨んでも愛憎紙一重の戦場とな
ります。

家族介護は、高齢者虐待防止法が施行されるほどに、社会問題となり、肉体的
にも精神的にも家族を打ちのめします。おむつの交換や食事の世話、介護を受
ける老親から感謝されている内はまだしも、要介護者が認知症となって家族に
暴言、暴力まで出てくると、苦痛になり、世話を放棄することも出てきます。

家族内で済むならまだ我慢できる範疇かもしれません。隣近所を徘徊し、盗っ
た盗られたと警察沙汰を繰り返し地域社会とのトラブルを生じて周辺の方々に
迷惑が出てくると、家庭での介護はより難しくなってきます。

介護疲れが高じてくると要介護者へ虐待という形に陥ることも出てきます。

民生委員やホームへルパーが家庭訪問をしたからといって、24時間の家族介
護を肩代わりできるものではありません。

「在宅療養支援診療所」制度は、要介護者を隔離しないで家族に看取られて人
生を終えるという理想の形ですが、認知症などの症状が進んでくると無理があ
ります。

人間は区別されることなく、社会生活を色々な立場の人と営むのが正常なこと
であるというノーマライゼーションの考え方をそのまま老親介護に当てはめる
ことは無理があるように思います。

長時間の重労働である介護は、介護する家族にとっては苦痛そのもの。認知症
の症状はどんどん進み、日を追って対応が難しくなってきます。介護する家族
には、毎日の生活や楽しい人生を過ごす権利があります。

何年も介護状態が続くと自分の人生を犠牲にするほどの介護とは何かを考えさ
せられます。自分が介護される側であっても自分のために家族の人生を犠牲に
するような介護は望みません。

食事などの世話や昼夜を問わないおむつの交換や徘徊は介護するものにとって
は肉体的にしんどいですが、それにも増して精神的な苦痛が耐えられないもの
となります。

要介護者が介護者に悪口雑言を浴びせ、介護者が要介護者に対して虐待して事
件や社会問題となることもあります。町中を徘徊して要介護者が事故の加害者
になるケースだって有り得ます。この場合の賠償責任は要介護者を適切に保護
観察していなかった家族に及ぶ可能性があります。

そうなれば、他人に迷惑が及ばないように部屋に鍵をかけて要介護者を監禁す
ることまでしてしまいかねません。

虐待する背景には、主に介護疲れがあると言われています。

昼間に眠っていて夜になると起き出して家族の就寝を妨げ、家族が病気になっ
てしまうことは稀ではありません。介護は、ありふれた現象となりつつありま
すが、内実はいずれの家庭も生半可なものではありません。

「地獄の家族介護」と呼ばれているほど。

食事を食べたばかりなのに、食事を食べさせてくれない。我が家なのに、もう
家に帰りたいと毎日毎日繰り返して言われると、家族の人間関係はずたずたに
壊れてしまいます。

この点、施設では、毎週、ケースカンファレンス(一人ひとりの入居者ごとの
対応会議)が開かれ、医師、看護師、ソーシャルワーカー(生活相談員)が気
付いたことを話し合い、個々の入居者の介護のあり方を共有して、それぞれの
要介護者に応じた適切な対応を決めています。

又、施設では職員のローテーションを設けて、一人に介護の悩みを押し付ける
ことのないようにしています。

家庭で介護する時のポイントは、痴呆を健常者の視点で介護する毎日ではなく、
痴呆を病的なものとして受け入れ、合理的に対応することが必要です。

要介護者が自立した生活が出来なくなった時が家族介護の限界の時と思います。

介護者する者の生活を守るためには、家族介護に委ねるのではなく、国や自治
体が介護に手を差し伸べることが必要とされています。

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